2009年07月02日

帝国大学令等の旧制度廃止直前の1948年に

第二次世界大戦後、まず帝国大学令等の旧制度廃止直前の1948年に「(旧制)名古屋(帝国)大学」のもと法経・文の2学部が設置されたことで、文科系理科系の両系統学部群が揃うこととなった。その上で、教育制度改革に伴う高等教育機関の一本化という行政施策[12]に伴って、愛知県各地域に散在していた旧制官立学校が新制名古屋大学へ包括されて合流する。名古屋高等商業学校は法経学部経済経営両学科、第八高等学校の一部は文学部、第八高等学校の一部および岡崎高等師範学校は旧教養部、それぞれ設立母体となった 。
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大学院は、名古屋帝国大学各学部に大学令に基づいた研究科が置かれた時点からの歴史がある。第二次世界大戦後、学校教育法に基づき新制大学院制度が発足すると1953年から1955年にかけて理学、工学、法学、経済学、文学、教育学、医学、農学の8研究科が設置される。しかし大学への予算配分や教官配置の基礎は学部内の講座(chair)制に置かれていた。1991年に当時の文部省が示した大学設置基準の大綱化をもとに大学院の部局化を本格化する。これは事実上の大学院重点化であった。具体的には独立大学院の設置と教養部廃止を前提に大学院研究科を大学における研究・教育の基軸として再編するという2つの施策を実施している。前者は、1991年の国際開発研究科、1992年人間情報学研究科(後述する教養部改組措置を兼ねた研究科として誕生)、1995年多元数理科学研究科、1998年の国際言語文化研究科の各研究科設置という形で実現した。また、後者は教養部を改組の上、前述した人間情報学研究科と情報文化学部(1993年)を創設、1993年に教養部を廃止すると全学一貫教育体制に移行した上で1996年に理、1997年に工、1999年に法、医、生命農学、2000年文、教、経済と各学問分野において大学院重点化を完了させることで実現している。

2001年に表明された文部科学省の方針に基づき、2004年国立大学法人組織に移行され「国立大学法人名古屋大学」が誕生、同年専門職大学院として法科大学院を設置している。

2009年06月13日

還元主義(かんげんしゅぎ、英:Reductionism)

還元主義(かんげんしゅぎ、英:Reductionism、独:Reduktionismus) とは、(1)異なる知識の領域や分科同士の関係、または(2)部分と全体の関係に対するいくつかの立場を指す語[1]。スタンフォード哲学事典は以下のように区別している。

存在論的還元主義:複雑な実体は、それを構成するパーツとその相互作用によってのみ存在する。例えば生物学的特性は物理的特性に付随している。生物学における存在論的還元主義は物理主義とも呼ばれる。弱い存在論的還元主義は、現在の生物学者と哲学者の基本的な立場である。
方法論的還元主義:複雑な全体を分解してパーツを調べることで全体を理解しようとする一般的に用いられている科学的手法[2]。あるいは可能な限り低いレベルでの説明がもっとも有益だとする立場[1]。全ての科学は物理学の用語で記述できる(または理想的にはそうされるべきだ)と言う立場は物理還元主義と呼ばれる[3]。例えば生物は分子生物学と生化学によってもっとも良く説明できる。この立場は常に論争の的である。
認識論的還元主義または概念的還元主義:あるレベルの科学的知識は、それより下位の(根源的な)レベルの科学的知識に還元できるという立場。これは理論の還元(ある理論が別の理論から導き出せる)と説明の還元(高位の機能が低位の機能によって説明できる)に分ける事ができる。
理論の還元:以下の条件を満たす限り、ある理論T1が別の理論T2に還元できると主張できる[4]。(1)T1の基本的な概念は、すべてT2の概念によって定義可能である(2)T1の基本的な法則の全てが、T2内部の理論によって導き出されたT2の法則に翻訳できる(3)T2の概念と法則はT1の物より基本的である。この代表は熱力学と気体分子運動論の関係である[5]。
説明の還元:理論の切り分け、理論の一般化、メカニズムや個々の事実の説明を含む。説明の還元は因果関係の説明であると仮定されている。高次の特徴はその構成部分の相互作用に基づいて説明される。説明の還元は厳格な存在論的還元を必要としない[6]。生命科学ではメカニズムアプローチとして現在、理論還元主義に代わる強靱な立場に発展した[1]。
さらに、批判的な用法では、
サンバ (ブラジル)
土木工学
ラグビー
早食い・大食い
ボウリング
融資
パルクール
人材派遣
綱引き
株式
宮沢賢治集
みんなの税金
高知の湯めぐり
世界歴史
葬祭マナー
麦茶百科
四季の祭り
秋田の情報
リス情報
アイス工房

ある事象や存在が、「それとは別ものにすぎない」、あるいは「それとは別のものに他ならない」、などとする[7]考え方、主張。
考察・研究している対象の中に階層構造を見つけ出し、上位階層において成立する基本法則や基本概念が、「いつでも必ずそれよりひとつ下位の法則と概念で書き換えが可能」としてしまう考え方のこと[8]。
複雑な物事でも、それを構成する要素に分解し、それらの個別(一部)の要素だけを理解すれば、元の複雑な物事全体の性質や振る舞いもすべて理解できるはずだ、と想定する考え方
上記のような考え方・主張に対する否定的な呼称。還元主義は疑似科学の一種ともされる[9]。しばしばこの批判的な用法は、特定の理論や分野を退けるためのレッテルとして用いられる[10][11][12]。ローゼンバーグによればこの種の還元主義は消去主義と呼ばれる方がふさわしい[13]。また還元とは何を意味しているのか、何が何に還元されようとしているのかが曖昧なまま用いられることがある[4]。樺島祥介は極端な還元主義を「盲目的な要素還元主義」と呼び[14]、ダニエル・デネットは「貪欲な還元主義」と呼んで区別した[15]。要素還元主義とも言う[要出典]。またそれぞれの分野で(批判的な意味を込めずに)特定の立場や理論を指す代名詞として用いられることもある

2009年06月09日

医者には医師と歯科医師の2つがあり

医者には医師と歯科医師の2つがあり、これらは職種が異なる。医師は医師法第17条に定める「医業」を行い、「歯科医師」は歯科医師法第17条に定める「歯科医業」を行う医者である。

「歯科医業」とは咬合構築に関与する行為(補綴、充填、矯正)、歯牙・顎骨・口腔粘膜・舌・唾液腺・咀嚼筋など下顔面に発生する疾患の治療、全身疾患のうち口腔に症状を現す疾患の機能回復訓練、などの行為をいう。

フランスやドイツでは、口腔顎顔面外科は医科の一分野として伝統的に発達しており、医師と歯科医師のダブルライセンスが前提条件となっている。米国においても次第に両ディグリーを取得することが流れとなりつつある。 一方、日本の口腔外科は、医師または歯科医師のシングルライセンスで支えられており、口腔外科の診療範囲は医師と歯科医師の共通のものである。もっとも、口腔外科は歯科医学の総合的な知識と臨床経験が必要とされる専門性の高い分野であることから歯科医師が主導的役割を演じ、伝統的に確立されてきた。

一般に歯科医師は、歯科疾患治療の必要上、あらゆる手段の模索を歯科専門職として許されているため、例えば顎骨の修復のための腸骨や腓骨、肩甲骨採取なども一部で行なわれることがある。ただし、これら処置に際しては、全身麻酔や救急医療など、生命の危険性を相当程度伴うものが含まれているため、現実的には関連医科の医師と連携して治療を行うのが一般的である。

ただし、医師が医業として実施する口腔外科領域疾患の治療は、あくまで医科疾患の治療上、必要とみなされた場合に限られる。医師が歯科疾患治療のみを対象に、あるいは逆に、歯科医師が医科疾患治療のみを対象として、診療行為を反復継続的に行った場合には、それぞれ歯科医師法や医師法に違反することとなり、処罰の対象となる。とはいえ、その裁量範囲については、法的に明確な規定がないので、その曖昧さを払拭するため、未だに議論がなされている。

なお、患者が死亡した場合、医師は状況に応じて、死亡診断書と死体検案書の両方を作成することができる。これに対して歯科医師は、死亡診断書は作成できるが、医師と異なり死体検案書は作成することができない。
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歯科医師は、一般に齲蝕(むし歯)などの硬組織疾患を予防および治療する医療従事者と考えられているが、実際はそうではない。

歯科医師を大別すると下記のようになり、それぞれが連携あるいは跨って治療・研究を行っている。一部では、「歯科」というと歯一組織しか診ていないような印象を一般に受けることから、広く全身の健康増進・治療・予防という観点から「口腔科」、「口腔医」という名称を使用した方がよいとの意見もある(ただし現在、法的に口腔科・口腔医と標榜はできない)。

基礎医学および歯学を専門とする分野:口腔領域から全身領域における様々な基礎研究。医学部基礎医学系と類似するが、基本的に口腔内からのアプローチによる研究が主であり、また歯科疾患の主な原因である細菌学分野や歯科材料に関連する理工学分野が大きな位置を占めており、これらが医科との違いでもある。
硬組織疾患を専門とする分野:歯それ自体の疾患(むし歯など)を治療・予防する。
軟組織疾患を専門とする分野:歯周組織・舌の疾患(歯周病・舌癌など)を治療・予防する。
全身疾患を専門とする分野:例えば歯科麻酔科の救急医療や全身麻酔、歯科放射線科での全身疾患治療、歯周病科での口腔内微生物と全身疾患の関連研究など様々。

2009年04月25日

サファヴィー朝の起源

サファヴィー朝の遠源は、13世紀末から14世紀初頭頃のイルハン朝期のイランに生きたイスラム神秘主義者(スーフィー)、サフィーユッディーンが開いた。アゼルバイジャン地方のアルダビール(現イラン北西部)に生まれたサフィーユッディーンは、神秘主義の師シャイフ・ザーヒドの娘婿となって師の教団を受け継ぎ、サファヴィー教団を興した。サファヴィーとは、サフィーに従う者たちという意味である。その教主の座はサフィーユッディーンの子孫によって世襲され、歴代の教主は信徒からの寄進によって富を蓄えて、サフィー廟のあるアルダビールを中心に隠然たる勢力を築きあげていった。

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サフィーユッディーン自身はスンナ派に属していたといわれるように、サファヴィー教団は本来はスンナ派に近い立場の教義をもっていた。しかし、15世紀の中ごろ、教主の座を巡ってサファヴィー家の中で起こった争いに敗れたジュナイドが、シーア派の中でも特に過激とされる「極端派(グラート)」に類する教説を唱え、スンナ派の教えに飽き足らない、シャーマニズム的な要素を色濃く残した東アナトリアやアゼルバイジャンのトゥルクマーンたちを信者に取り込んで軍事力を獲得し、教主の座を実力で奪取するに及んで宗教的に先鋭化した。この信徒の遊牧民たちは、のちにジュナイドの子ハイダルが12人のイマームを象徴させて白い布を十二巻きした赤いターバンを着用させ始めたことから、テュルク語で「紅い頭」を意味するクズルバシュ(キズィルバーシュ)の名で呼ばれるようになる。クズルバシュの指導者として政治権力化したサファヴィー教団は、タブリーズを都としてアゼルバイジャンを支配する世俗権力白羊朝の利害と関りあうことになり、彼らと和戦を繰り返した。

新国家の形成
白羊朝との戦いでハイダル、シャイフ・アリーの2代の教主を立て続けに失ったサファヴィー教団をわずか7歳で継いだハイダルの次男でシャイフ・アリーの弟のイスマーイールは、1499年、12歳のとき白羊朝の混乱に乗じて亡命先のギーラーンから檄文を発し、クズルバシュを決起させて兵をあげ、1501年、ついに白羊朝を破ってその都タブリーズを占領した。これにより建国されたサファヴィー朝はタブリーズを最初の都とする。イスマーイールはサファヴィー教団の教主であると同時に優れた資質をもった詩人でもあり、テュルク語で詩作してクズルバシュの宗教的情熱をかきたてた。こうしてサファヴィー朝は宗教的情熱に支えられ、クズルバシュの軍事力により、またたくまにイランの中部から西部を統一する。

1510年、中央アジアに覇権を確立しヘラートに拠るティムール朝最後の政権を滅ぼして、イラン東部のホラーサーンに勢力を伸ばしつつあったシャイバーン朝のシャイバーニー・ハン率いるウズベク遊牧民の軍と、サファヴィー朝のイスマーイール率いるクズルバシュ遊牧民の軍は、ホラーサーンのメルヴで衝突した。この戦いはサファヴィー朝の圧勝に終わり、英主シャイバーニー・ハンを失ったシャイバーン朝の南下は挫かれることになった。

一方、サファヴィー朝の成功は、オスマン帝国の支配下にありながら、中央集権的なオスマンからは政治的に疎外されていた東部・中部アナトリアの遊牧民にオスマンからの離反の傾向を呼び起こした。1514年、オスマン家のセリム1世はアナトリアの不安を一度に取り除く決意を固め、アナトリア東部のチャルディランでサファヴィー朝軍と会戦した(チャルディラーンの戦い)。サファヴィー朝のイスマーイールはこの戦いでもこれまでの遊牧民同士の戦いと同じような戦法で決戦に臨むが、よく組織された歩兵と大量の火砲を装備したオスマン軍の前に惨敗した。

2009年04月08日

ドゥームメタル

ドゥームメタル(Doom metal)は、ヘヴィメタルのジャンルの一つ。トラブル、キャンドルマスなどを起源に持ち、初期 ブラック・サバス や同時代のサイケに影響された、遅さと重さが特徴。

類似ジャンルにスラッジコア、ストーナーロックがあり、三者の間に明確な違いはないが、ドゥームメタルはギターリフがメタリックなものが多い。

主なバンド [編集]
ボングジラ (Bongzilla)
バーニング・ウィッチ (Burning Witch)
キャンドルマス (Candlemass)
カテドラル (Cathedral)
Church Of Misery
アース (Earth)
エレクトリック・ウィザード (Electric Wizard)
Eyehategod
Goatsnake
High On Fire
Khanate
カイアス (Kyuss)
第4期ラウドネス
メルヴィンズ
Om
Orange Goblin
Revelation
Reverend Bizarre
Saturnus
スリープ (Sleep)
スピリチュアル・ベガーズ (Spiritual Beggars)
Sunn O)))
Swallow the Sun
The Sword
SYRACH
Teeth Of Lions Rule The Divine
TEFRA
Thergothon
トラブル (Trouble)
Worship
人間椅子
BORIS

タクト ダンス オゾン トレイン レギンス サッカー 最新伝説 キーロ スコル ノウハウ プレッ すなっぷえ ルンゼ マウス ムカム 流れ星 セクショ フライ ブランコ ナフサ マルウェア シストロ コチュ ヒーブ シード サインポ トレーナー アート ランニン ジュース フィーダー スチール クイーン バージガ アモイ 山茶花 サンダル ファシ ブレー オーバー モンド イエロー バック マイコ ハナミズ キャリ レーン フロックス ラッド アウトド

2009年03月24日

阪和電気鉄道

阪和電気鉄道(はんわでんきてつどう)は、昭和初期の関西の鉄道会社。現在のJR西日本阪和線を建設した。

1926年に設立され(路線免許交付は1923年)、1940年に南海鉄道に合併された。

営業不振故に私鉄企業としては短命であったが、戦前の「日本一速い電車」である「大阪 - 和歌山45分」ノンストップの「超特急」を運行したことで、日本鉄道史上、一種の伝説的存在として記憶される。

開業の経緯 [編集]

京阪電気鉄道の阪和間参入 [編集]
京阪電気鉄道は大正 - 昭和初期にかけ、岡崎邦輔(第3代)・太田光凞(第4代)と2人の社長の下で、有力政党・政友会との関係をバックに大幅な拡張政策を採り、近畿一円に一大電力コンツェルンを形成した。その一環として和歌山進出を目論み、1922年には和歌山県内の有力電力会社であった和歌山水力電気を買収して自社の支店とした。そしてこの延長線上で、従来南海鉄道南海本線のみが通じていた大阪 - 和歌山間で平行する新しい高速電気鉄道の建設計画に資本参加したのである。

この電鉄路線計画は、元々和歌山以南の紀伊半島沿岸を自社航路の勢力範囲とし、来るべき将来における国鉄紀勢線の全通で打撃を受ける大阪商船、南海鉄道だけでは地元の将来的な潜在輸送需要を賄いきれないと判断した泉州の綿業資本家、大阪方面における安定的な電力消費先を欲していた大手電力会社の宇治川電気(後の関西電力)、それに和歌山の有力者達が合同して立案したものであり、最初の出願は1919年に行われている。

京阪の正式な参加は、建設計画が本格的に具体化し、会社が設立された1926年4月24日以後のことであった。もっとも、1920年の原内閣による南海鉄道国有化失敗後、この案件に仲介役として介入していた京阪は阪和電鉄の出願者グループと緊密な関係にあったことから、免許取得に当たって政治的な工作を依頼されており、単純な株式引き受けに留まらない、複雑な経緯を経た末の資本参加であったことが伺われる[1]。

京阪の起業参加に際しては、同社による和歌山方面の電力供給が約束されたほか、同社技術陣の派遣も行われている。他の設立メンバーには鉄道経営の経験者がほぼ皆無であったことから、実際の鉄道建設は京阪系のスタッフにその多くが委ねられることとなった。

建設過程 [編集]
当初は、新京阪線同様の規格で高速運転に有利な1435mm軌間での建設も考慮されていた。

この当時、鉄道省は南海鉄道の買収に失敗し、また同線に並行する省線の新規建設も折からの財政難で不可能となっていた。このため当時建設中の国鉄紀勢線[2]は、大阪との直通線を欠いて半ば宙に浮く事態となった。

それゆえ渡りに船とも言える内容を備えたこの阪和電鉄の申請に対し、鉄道省は将来の国家買収を視野に入れた付帯条件をつけて免許を交付した[3]。この結果当線は国鉄と同じ1067mm軌間で建設されることになった。この選択は、国鉄からの貨車直通、さらには当時建設が進行していた紀勢線への直通をも可能とするもので、その点では営業上有利であった。

南海鉄道が大阪湾岸の旧街道沿いの都市を経由したのに対し、阪和電気鉄道はそれよりやや内陸寄りの農村地帯に敷設された。極力直線的なルートを取り、高速運転に適合した線路設備が整えられた。架線電圧も、路面電車並の低圧な直流600Vであった南海に対し、当初からより効率が良く高速向けの1500Vとされた。電力については開業の段階では大阪方面は宇治川電気から、また和歌山方面は京阪和歌山支店からそれぞれ供給を受けた。

しかし、国鉄線との連絡という付帯条件によって起点用地の確保は困難をきわめた。当初は大阪市南区木津大黒町を予定した起点は、最終的に旧・南大阪電鉄が取得し、当時大阪鉄道(2代目。後の近鉄南大阪線の前身)が所有していた国鉄天王寺駅東側の台地上に確保された。

これにより鉄道省城東線、関西本線、大阪鉄道本線、それに南海平野線の4つの既存鉄軌道を立体交差する必要が生じ、線形維持の必要性もあって、南田辺以北の約2.7km区間において高架構造の採用を強いられた。この高架橋は大正時代末期以降日本でも採用例が見られるようになった鉄筋コンクリート製で、八角形の断面を持つ橋脚を一部に採用するなど特徴的な意匠を備え、大林組の施工になるものである。大林組はこれ以前に、関西の鉄道用鉄筋コンクリート高架橋の嚆矢となった、新京阪鉄道天神橋駅付近の高架工事や、奈良電鉄桃山御陵前周辺の高架工事などを手がけていた。

1929年7月18日、阪和天王寺(現、天王寺) - 和泉府中間と鳳 - 阪和浜寺(現、東羽衣)間で部分開業。翌1930年6月16日、阪和天王寺 - 阪和東和歌山(現、和歌山)間を全線開業した。

なお、当初の計画では浜寺支線(1926年3月4日免許出願)と同時に、粉河支線(山口[4] - 粉河間8マイル40チェイン)が単線で出願されていた。しかし財政難から未着工のまま南海合併後まで棚上げされ続け、太平洋戦争開戦に伴う資材不足で本線の運行維持さえ困難になり、建設の見通しが全く立たなくなったことから、結局1942年7月28日付で免許失効となっている。

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2009年03月08日

パエリア(paella )

パエリア(paella )は、もともとは、スペイン東部のバレンシア地方の郷土料理の1つ。

一般的なスペイン語の発音は、パエーリャもしくはパエリャ。日本では、これが訛ったパエリアもしくはパエリヤということが多い。

ただし、スペイン語の「ll」の発音は時代・地域・個々人により一定しないため、最近では、マドリード首都圏の発音に倣ったパエジャ、パエージャという表記も見られる(以下、マドリード首都圏の発音も併記)。
メソッド ディスポ ワシン ナギイ 十字星 ケルセ ロービ はつい バナナの涙 鹿鳴つまみ 延暦 スーパー ハリケーン ノンブル タイム メラネシア メラルド スタンバイ ダイク スパン バックナ きゃべつ マスアミ ジャテラ ローフ レクイエム がいがん トリプシ リップ ハーピー ドラス ハゲイ トッカ リグナビ ハット チューリ ランド フラック ツンドラ せろりあ サフ たぬきじる め組最 エスキナ パスモ かたしな レジューム プラン オーバ ソビエト

パエリアは、元々カタルーニャ語でフライパンを意味していたが、カタルーニャ地方以外にこの調理器具を用いた料理法が伝わる内に、調理器具より料理の名称としてスペイン人全体や他国民に浸透していった。

パエリアを炊く人を「パエリェラ/パエジェラ」(paellera 女性形)または「パエリェロ/パエジェロ」(paellero 男性形)と呼ぶ。

歴史
スペインを代表する世界的に人気の料理の一つで、本場ではパエリアの祭りもあるが、アラブ起源である。西暦9世紀以後、アンダルスのムスリムの間で作られてきた。

製法
パエリェラ/パエジェラと呼ばれる専用のパエリア鍋(両側に取っ手のある平底の浅くて丸いフライパン)で調理する米料理で、たっぷりの具を炒めて、米と水、黄色の着色料としてサフラン[1]を加えて炊き上げる。この際、日本のように蓋はせず(いわば具を蓋の代わりにする)、パスタのアルデンテ同様、米に僅かに芯が残るようにするのがコツで、鍋の底にはソカレット(socarrat おこげ)が出来るようにする。伝統的な調理法では、ある程度炊き上げてからパエリア鍋をオーブンに入れ加熱して水分を飛ばす。

調理法例 鶏肉のパエリア
小さく切った玉ねぎ、ピーマン、パプリカ、トマトをパエリア鍋に入れオリーブ油で炒める
小さく切った鶏肉を加え炒める
米、塩、水、サフランを加え10分程度煮込む
パエリア鍋をオーブンに入れ10分程度加熱する

食材の種類
日本では魚介類を用いたものが一般的だが、本来のバレンシア風パエリア(paella valenciana)はウサギ、鶏、カタツムリ、インゲンマメ、パプリカと山の幸を中心に用いて作る。バレンシアの猟師が獲物を米と一緒に煮込んだのが始まりといわれる。基本的に塩とサフラン以外の調味料・香辛料は入れないので、材料の風味を生かした素朴な味わいになる。

パエリアに使われる米は長粒種ではなく短粒種である。さらに、バルセロナを中心とするカタルーニャ地方では、米の代わりにフィデオ(fideo)と呼ばれる長さ2?3cmの極細パスタまたは極細マカロニを用いたフィデウア (fideua)と呼ばれる料理もある。

2009年02月20日

ジュデッカ・ゴッツォ

ラオデキヤ・ジュデッカ・ゴッツォ(声優:速水奨)
キンキ ツバター 夜の足音 きこう シーメー ミーンズ シャーク ニュピ 新秋柿 チャー インス 線香花火 オーピ スチーマー トレッチ ふくいく リバティプ リトミック ターメ スピーカー ノーシャ パラフィン ルコウソウ パルサー ギニョー ホウセン フォー ウォー でらいと ケット おおわ ハック バンクス レンテン ナンバー ゆうな トロイ パルテ フェースオ ゼラチン シャク ステレオ アーム マウンド ミゼラブル マインド スイング じょうめ メタリック 浦島太郎

初登場は『新スーパーロボット大戦』のラスボス「ジュデッカ・ゴッツォ」だが、追加設定等によって、『α』では名前が「ラオデキヤ・ジュデッカ・ゴッツォ」に改められた。ゼ・バルマリィ帝国辺境銀河方面監察軍第7艦隊司令で、地球圏最強の戦力を自らの軍に取り込むべく地球圏に赴く。だがその正体は、ユーゼスによって造り出されたハイブリッド・ヒューマン(の複製クローン)で、本物のラオデキヤは、αのストーリーが始まる2年前にゼントラーディとの交戦中、ユーゼスによって謀殺されている。ユーゼスによって新たに生み出されたラオデキヤは、性格を武人肌から好戦的な性格へと改変されている。当然、本人も自らの事実には最後まで気付かないままであった。また、本物のラオデキヤの他にも、同じジュデッカ・ゴッツォの名を持つハイブリッド・ヒューマンが6人存在し、それぞれが異なる名でゼ・バルマリィ艦隊の司令官を務めている。ラオデキヤは、7番目のジュデッカ・ゴッツォである。
DC版『α』では特別ルート編のみにおいてオリジナルのラオデキヤが登場。ユーゼスをズフィルードのジーベン・ゲバウトで粛清している。『新』では最後はヘルモーズによって撃ち落されるという結末を迎えている。『スーパーヒーロー作戦』ではユーゼスと会話するシーンの中で少しだけ登場している。
『新』及び『α』でのラオデキア艦隊にはバルマー独自の戦力に加え『新』ではボアザン星とグラドス星、ゼーラ星、内側からつぶす事を目的にネオジオンとザンスカール帝国が、『α』ではボアザン星とキャンベル星、ザンスカール帝国が組み込まれている。更に個人ではあるがパプテマス・シロッコとシャピロ・キーツが地球から寝返っている。
エペソ・ジュデッカ・ゴッツォ(声優:速水奨)
ゼ・バルマリィ帝国辺境銀河方面監察軍第1艦隊、通称「エペソ艦隊」の司令官で、ラオデキヤ同様にジュデッカ・ゴッツォ型のハイブリッド・ヒューマン。封印戦争より約1ヵ月後に、シヴァー・ゴッツォの息子であるハザルを総司令官にゲートを使ってアステロイドベルト宙域に出現。ゲートを掌握した。火星においてαナンバーズと最初の交戦を繰り広げ、ズフィルード・エヴェッドを起動させるまでに至ったが敗退。一度は死亡するものの、その後データを予備体に移され復活。その次は、空間転移されてきたネビーイームの防衛にあたっていたが、αナンバーズの勢いをとめる事は出来ず、敗れる。エペソは1番目のジュデッカ・ゴッツォである。エツィーラ・トーラーには帝国一の忠将であると言われている。
第2艦隊司令(仮名)
ゼ・バルマリィ帝国辺境銀河方面監察軍第2艦隊の司令官。未だ、名前はストーリー中に出てはいないが、ジュデッカ・ゴッツォ型のハイブリッド・ヒューマンである事は確かである。
エペソを初めとするジュデッカ・ゴッツォシリーズの名称は、ヨハネ黙示録に出てくる七教会に由来する事を考えると恐らく名前はスルミナ・ジュデッカ・ゴッツォだと思われる。
ペルガモ・ジュデッカ・ゴッツォ
ゼ・バルマリィ帝国辺境銀河方面監察軍第3艦隊司令で、ラオデキヤ同様にジュデッカ・ゴッツォ型のハイブリッド・ヒューマン。『第3次α』にて、バラン・ドバンの発言から、STMC襲撃により死亡したと言われるだけで、未登場。ペルガモは3番目のジュデッカ・ゴッツォである。
テアテラ・ジュデッカ・ゴッツォ
ゼ・バルマリィ帝国辺境銀河方面監察軍第4艦隊、通称「テアテラ艦隊」の司令官で、ラオデキヤ同様にジュデッカ・ゴッツォ型のハイブリッド・ヒューマン。直接は登場しないが、ユーゼスの報告によって艦隊の名称が出ている。ユーゼスの解説によると艦隊を率いて銀河系中心宙域へ進軍していたが、STMCの襲撃によって艦隊は壊滅させられ、テアテラ自身も死亡したらしい。テアテラは4番目のジュデッカ・ゴッツォである。
現在の所、『α』でその存在が語られただけで未登場である。
サルデス・ジュデッカ・ゴッツォ(声優:速水奨)
ヒラデルヒア・ジュデッカ・ゴッツォ(声優:速水奨)
いずれも辺境銀河方面監察軍の司令官で、サルデスは第5艦隊、ヒラデルヒアは第6艦隊の司令官である。無論、ジュデッカ・ゴッツォ型のハイブリッド・ヒューマンであり、サルデスは5番目、ヒラデルヒアは6番目のジュデッカ・ゴッツォである。本来は銀河辺境で任務に就いていたが、バルマー本星が危機に陥っている事を知って急遽、本星の防衛に当たる事になる。そのままルアフの命を受けてαナンバーズの前に立ち塞がった。本星宙域ではヘルモーズ級を、本星首都ではズフィルード・エヴェッドを駆って奮戦するもののαナンバーズに一蹴されてしまう。その後、アルマナと共にバルマー本星に残っていた民間人を救助し、アポカリュプシスで崩壊する本星からαナンバーズと共に脱出する。全てが終わった後はアルマナを補佐してバルマー復興のために力を尽くす。ジュデッカ・ゴッツォ型のハイブリッド・ヒューマンは武人として調整されているためか、生まれながらの武人であるバラン・ドバンに敬意と憧憬を抱く傾向があるらしい。

バルシェム
俗にオリジネイターと呼ばれているイングラム・プリスケン(アウレフ=「1」)のデータを基に作製された人造人間達の総称で、全員がイングラムのクローンといえる。ただし、オリジネイターの証である刻印は無い(イングラムの意思が介入しているクォヴレーのみ除く)。2号体となるヴィレッタ・バディム(ヴェート=「2」)のみがイングラム自身の手によって作製され(ただしDCαではユーゼスが生み出したと語っている)、3号体以降はユーゼスが作製していたらしいが、エイス・ゴッツォの解説によると、バルマー戦役の際、ヘルモーズと共に覚醒せぬまま消滅した。その後、シヴァー・ゴッツォによって、ユーゼスの作製したバルシェムシリーズを基にした新たなバルシェムシリーズが作製されており、キャリコ・マクレディ(ギメル=「3」)、スペクトラ・マクレディ、(ダレット=「4」)クォヴレー・ゴードン(アイン=「16」)の3人もこれに該当する。また、全員のコードネームは、ヘブライ語の番号になっている。主に特殊工作活動を担当している。また、5人とも攻撃時の決め台詞として「デッド・エンドシュート」ということがある(イングラムはHTBキャノンやアキシオン・バスター使用時。ヴィレッタはハイツインランチャーやHTBキャノン使用時、クォヴレーはアイン・ソフ・オウルやアキシオン・バスター使用時、キャリコ、スペクトラはヤラー・イリュージョン使用時)。

キャリコ・マクレディ(声優:成田剣)
ゴラー・ゴレム隊の隊長で、乗機はヴァルク・バアル。オリジネイターであるイングラムのデータを元にして生み出されたバルシェムの3号体で、バルシェムシリーズを指揮するために作られた指揮官モデル。コードネームは、ギメル・バルシェム。クォヴレー編でのクォヴレーのライバルとなる。イングラムと同じオリジネイターである証の刻印を持っているクォヴレーに対する激しい憎しみとオリジナルのイングラムに対する恐怖心を抱いており、クォヴレーを抹殺しディス・アストラナガンを手に入れて、自らが新たなイングラム・プリスケンになるという野望を抱いていた。物語終盤近くでは自らの仮面をはずしてαナンバーズに挑むが、その覚悟虚しくクォヴレーとディス・アストラナガンの前に敗れ去る。
スペクトラ・マクレディ(声優:中村尚子)
ゴラー・ゴレム隊副隊長で、乗機はヴァルク・イシャー。オリジネイターであるイングラムのデータを元にして生み出されたバルシェムの4号体で、コードネームは、ダレット・バルシェム。イングラムに生み出されたヴィレッタを抹殺し、自らが新たなヴィレッタ・バディムになろうとしていた。かつてセレーナが所属していたチーム・ジェルバを全滅させた事があるため、セレーナには仇として付け狙われている。髪型以外の面影はヴィレッタに酷似しており、そのためにセレーナも最初はヴィレッタとスペクトラが同一人物ではないかと勘違いし、ヴィレッタにとってはいい迷惑であった。セレーナ編では更に最終的にセレーナとライバルのような間柄になり、セレーナはずっと挑発も兼ねて彼女の事を仮面の女やダレットと呼んでいたが、最後にはスペクトラと呼んでいる。スペクトラも侮蔑の意味合いでクォヴレーの事をコードネームの「アイン」で通している。存外感情的になりやすく、セレーナの挑発に一々乗っていた。

その他
アルマナ・ティクヴァー
初登場は『第3次α』。ガンエデンに捧げられる巫女であったが、その前に外の世界を見てみたいとルアフに懇願し、つかの間の自由を手に入れ地球に来た。当初はかなりの世間知らずだったものの、αナンバーズに関るようになったことで変わっていき、最終決戦ではバルマー艦隊を率いてαナンバーズの救援に登場。仲間たちを激励するまでに成長を見せた。全てが終わった後はバルマーの代表となり、バルマー復興に尽力する。念能力者。
一応バルマーの量産機であるエスリムを操縦でき、クォヴレールートではヴァルク・ベンも操縦する。ルリアともども味覚がおかしいのか不明だが、クスハルートではチョコやジャムを入れたおにぎりを普通に食べていた。
『第3次α』の主人公達との関係は、男性主人公ルート=恋愛感情、女性主人公ルート=信頼する友人と、それぞれ異なっているが、最終的には大切な異星の友人という位置付けに大体どのルートでも落ち着くようになっている。全ルート共通となる帝国の他のキャラ達とは設定の扱いが少し異なり、特定ルートのキャリコとスペクトラの様にトウマルートでの話の流れがアルマナ一行のバンプレストとしての公式設定となるようだ(スペシャルステージ参照)。公式設定となるトウマルートでは、トウマを巡ってのミナキ・アルマナの三角関係が展開され、最終的には自ら身を引いてミナキとは親友同士となる。
ルリア・カイツ(声優:加藤夏希)
アルマナの侍従を務める十二支族・カイツ家の人間で、アルマナの良き理解者でもある。侍従だけあって教養の他、武術も嗜んでいるが、さすがにバルシェムであるクォヴレーには勝てなかった。しかし根本から操縦系統が違うはずのPTまで乗りこなしてみせる辺り、その腕前は非常に優れていることがうかがえる。なお、ハザルとは幼少期に彼の教育係をシヴァーから頼まれ侍従をしていた過去があり、彼の姉貴分となっていた頃もあった。後半戦からバランと一緒にルアフを見限りαナンバーズの戦士として戦う。ケイサル・エフェスの存在は知らなかったが、彼の発する強烈な念を以前に何度も感じた事があるようである。戦闘中に「ナッキー」と言うコミカルな面も見られる。味方キャラでも固有BGMが唯一ないバルマー関係者である(デフォルトでは『ACE ATTACKER』)。
担当声優の加藤がヒイロ・ユイの大ファンであるためか、ストーリー内ではほとんど接点がないはずのヒイロへの援護を行う際に、固有台詞が用意されている。
バラン・ドバン(声優:宮澤正)
ドバン家当主でベミドバンのパイロット。霊帝ルアフの近衛軍将軍を兼任している、シヴァーとは古くからの友人。外の世界を見たいと願い旅に出たアルマナを守護するために、共に地球へとやってくる。その後は、トウマ編以外ではどこか似た者同士であるゼンガーと宿命のライバル関係となり、アルマナ一行の公式設定となるトウマ編では、トウマが乗り越えるべき最大の壁として聳え立つ事になる。ハザルとは昔師弟の間柄だったが、ハザルの気性を恐ろしいと感じ教育係から降りたこともある。後に民を全く省みようとしない霊帝ルアフを見限り、αナンバーズに協力して戦う事になる。長い間、ルアフに仕えてはいたが、さすがにケイサル・エフェスの存在には気づかなかったようである。専用BGMは『我こそはバラン・ドバン』。(しかも葉山氏のボーカル付き)この曲は他のユニットには設定できないが、エルザム及びレーツェルの『Trombe!』と異なり、一応本人のBGM変更は可能である。九州発祥の示現流独特の掛け声としてサブカルチャー界でよく用いられている「チェスト」を時々口にしている。
エツィーラ・トーラー(声優:ちふゆ(旧:米村千冬))
初登場は『第3次α』。愛機はジュモーラ。マイをさらい、洗脳してレビ・トーラーとした張本人。強力な念動力者であるが、サディストで、異常なまでに知識欲が深く、イデを初めとした無限力への非常に強い執着心を見せていた。バルマーの大神官だったが、ルアフの正体等を知ってからは絶望して破滅的な行動をとるようになる。虚脱状態となっているフォルモッサ・シェリルを見て、全てに対して諦めてしまっている自分と同じだと評した。最後は真の霊帝ケイサル・エフェスに付き従ったが、多くを喋り過ぎたためにジュモーラもろとも消されてしまった。
専用BGMは『魔女は妖艶に踊る』。
ルアフ・ガンエデン(声優:高山みなみ)
初登場は『第3次α』。ゼ・バルマリィ帝国の支配者。一見するとただの少年にしか見えないが、実は500年近くも生きている。
ケイサル・エフェスによって延命処置を施され、ゲベル・ガンエデンを操る。性格は傲慢そのもので、自らの支配するゼ・バルマリィ帝国こそが銀河を統べる唯一の存在であると考えている。また、民の命をゴミ屑同然に考えており、自分に逆らう者は誰であろうとも平然と消す。が、所詮はケイサル・エフェスの傀儡に過ぎず、長年もの間、恨みを募らせ続けたシヴァー・ゴッツォによって、念動力を使い果たして弱っていたところを殴り続けられた挙句、創世神ズフィルード(ケイサル・エフェス)に助けを乞うが見放されるという惨めな始末であった。最後はシヴァーの放った業火によって、その身を焼かれ、断末魔と共に死亡する。また、ディス・アストラナガンのディス・レヴの意味を知っており、それを酷く恐れる姿も見せている。

専用BGMは『TWIN ICON』。
ケイサル・エフェス(声優:水木一郎)
『第3次α』のラスボスで、αシリーズ最大最後の敵でもある。ゼ・バルマリィ帝国の真の支配者であり、真の霊帝。創世神ズフィルード、ゲベル・ガンエデンとも呼ばれている存在。
代々霊帝を仕立て上げ延命処置を施した上で自らの影武者にしており、影武者の霊帝達しか謁見を許されていないため、その他の人間達は存在すら全く知らなかった。
元来は惑星防衛システムであるゲベル・ガンエデンの中枢として誕生したが、イデの発動による創造と破壊の輪廻から取り残されて生まれる「まつろわぬ霊」を繰り返し吸収し続けた結果、自らの手で新たな宇宙の創造を目論むようになったイデの対となる存在。そのためにはイデを滅ぼす必要があると考え、ゲベル・ガンエデンという殻を脱ぎ捨ててバルマー本星の地下に潜伏し、力を蓄えながら機会を待ち続けた。現在のケイサル・エフェスは究極の悪意と怨霊そのものであり、イデに匹敵する力を持っていると思われる。
外見は威厳のある老人だが、それは仮の姿に過ぎず、本体は全身を漆黒の皮膚に覆われ、6本の腕と2本の角、3つの赤い目を持つ異形の姿をしていた(「終焉の銀河」使用時に姿を見る事ができる)。イデを抹殺すべく、神壱号作戦を成功させたαナンバーズの前に現れ、銀河全ての生命を抹殺しようと目論む。一度はαナンバーズを追い詰めるが、平和を願う者達の強大な意志によって形勢逆転し、最後はイデとナシム・ガンエデンの手で消滅した。
もう一つのエンディングであるイデエンドでは、イデが発動する直前にその姿を見ることができる(メシアによる導きも行われているためαナンバーズの魂がどうなったかは不明)。
担当声優がロボットアニメ主題歌を数多く歌っている水木一郎というだけあって、戦闘時には主題歌をネタにした台詞が見られることもある(例:マジンガーZに「鉄(くろがね)の城」、鋼鉄ジーグに「全滅するのは…」等。いずれも主題歌の一節)。さらには、被弾(小破)時、思いきり「我こそは虚空(そら)にそびえる黒き城なり」と言っている。
数多存在するバンプレストオリジナルキャラクターの中で唯一、設定そのものに版権作品(『伝説巨神イデオン』)の固有名詞が組み込まれたキャラクター、機体である[1]。
専用BGMは『終焉の銀河へ』『GONG Ver.α3』。

2009年02月04日

諏訪氏(すわし)は、日本の氏族の一つ

諏訪氏(すわし)は、日本の氏族の一つ。信濃諏訪領主。諏訪神社上社大祝(おおほうり)を司った家柄でもある。
ウリヤ きくすい ルーン はに丸 フィッシン サディ ビアガー ジャック コスプリ ワニス 深海 トリオ パンパン ボート レーター しじゅう オフロード シーン ドラム ナミビア やちょ アカペラ セミプロ レガッタ ロヤジル トルソ フフホト ケモカイン リンリン メシマ ニュー ビュス プロテクト テーブル シャレー コリオン 四季の綱 トメント フォロー オマージュ ゲート パセリ フォーク ナーダム おきな シート しょうわ サック ティペット ジョンツ

諏訪氏は代々、諏訪大社の大祝を務めてきた一族である。その血筋は「神氏」といい、出雲神話の神、建御名方神(タケノミナカタヌシ)に始まるという。異説には桓武天皇を祖とするとも、清和源氏の源満快を祖とするとも称する。

神官であると同時に武士としても活躍し、かの源義家(八幡太郎義家)が出羽の清原氏討伐のため、後三年の役に介入すると、源氏軍に加わったという。大祝は祭神の神託により、身体に神が宿るとされ代々、正一位の神階を継承する。源平合戦の折に、大祝がどちらに味方するか考えていたところ、祭神が夢に現れて手に持っていた梶の葉の軍配を白旗のある方向へと振り下ろしたことから、諏訪氏は源頼朝に味方する。以来、諏訪氏及び諏訪大社を尊崇する氏子は梶の葉を家紋としたという。

宗旨は曹洞宗。菩提寺は宗湖寺(長野県茅野市)、頼岳寺(長野県茅野市)、吉祥寺(東京都文京区)など。

諏訪氏概説
皇胤や摂関家をはじめとする公卿の末裔を称する武家が多い中、祭神 建御名方命の血筋を称しながら、きわめて尊貴な血筋としてとらえられた特異な家系といえる。 諏訪氏は武士と神官双方の性格を合わせ持ち、武士としては源氏、執権北条氏の御内人、南朝方の武将、足利将軍家の奉公衆を務めるなど、ごく一般的国人領主である。しかし、神官としては信濃国及び諏訪神社を観請した地においては絶対的神秘性をもってとらえられた。信濃国一宮として朝廷からも重んじられたこともあるが、祭神の諏訪明神が軍神であることから、古くから武人の尊崇を受けていたことも大きく影響している。 故に諏訪神社の祭神の系譜を称し、諏訪神社最高の神職たる大祝を継承し、大祝をして自身の肉体を祭神に供する体裁をとることで、諏訪氏は絶対的な神秘性を備えるようになったといえる。代々の諏訪氏当主は安芸守などの受領名を称したが、大祝の身体をもって諏訪の祭神の肉体とされることで正一位の神階を有し、高い権威を誇示した。

鎌倉時代
鎌倉時代の当初は幕府御家人だった諏訪氏も幕府の実権を握った北条得宗家の被官となり、全国に諏訪神社が建立されることとなった。幕府滅亡後の1335年には、諏訪頼重・諏訪時継が北条氏の残党が北条時行を奉じて挙兵した中先代の乱に加担するなどした。

南北朝時代
南北朝時代の頃から武力を持つようになり、諏訪円忠は後醍醐天皇の建武の新政で雑訴決断所の成員を務め、建武政権から離反した足利尊氏に従い足利幕府(室町幕府)の評定衆や引付衆などを務め信濃国に住する将軍直属の奉公衆としても活躍した。

室町時代
室町時代には一族で抗争が起こり、嫡流の「惣領家」と祭祀を司る「大祝家」とに分裂した。戦国時代に入ると中興の名君・諏訪頼満の時代に南信濃屈指の大身となり、大祝家を滅ぼし惣領家が大祝をも務め祭政一致の下、武力と権威を強めていった。諏訪郡を巡って甲斐国守護の武田氏と争い、享禄元年(1528年)には頼満・頼隆は甲信国境の神戸境川において武田信虎勢を撃破し、享禄4年(1531年)には甲斐国人らを後援して出兵するが、このときは河原部合戦において敗北する。

天文4年(1535年)には佐久郡侵攻を行う武田氏と和睦して天文9年(1540年)11月には信虎の娘が諏訪頼重に嫁して同盟関係が強化され、天文10年(1541年)5月には武田氏や村上氏と海野平合戦において滋野一族を撃破する。晴信(信玄)期には同盟関係が破綻し、翌天文11年に7月には晴信が高遠城主高遠頼継と結んで頼重を攻め、頼重は甲府へ連行されて自害する。

頼重には遺児の寅王がいるが消息が不明で、大名としての諏訪氏は滅亡している。諏訪地方は武田氏の信濃侵攻において直轄領化され、頼重の弟頼高、満隣の子頼忠が諏訪大祝となっている。

頼重の娘諏訪御料人は信玄の側室となり4男四郎(武田勝頼)が生まれ、勝頼は永禄5年に諏訪氏を継承している。勝頼は名目的に諏訪氏通字である「頼」を継承し諏訪姓を名乗っている例もあるものの、系図類では歴代に数えられず、形式的なものであったとされている。

安土桃山時代・江戸時代
頼重の従兄弟に当たる諏訪頼忠は、武田氏滅亡と織田信長の横死(本能寺の変)を経た1582年、徳川家康に仕えて大名として復権し、諏訪氏を再興している。頼忠の息子諏訪頼水が1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いでの功によって高島藩に封じられた。江戸時代には大名家と大祝家とに分かれ隆盛し、大名家は明治維新後、子爵となり華族に叙された。

系譜
凡例 太線は実子、細線・二重線は養子
(鎌倉時代、得宗被官)

    信綱
    ┃
    盛重
    ┃
    盛経(真性)
    ┃
    宗経(直性)
    ┃
    盛高
(南北朝時代以降)

    盛重(盛経の父とは別人)
    ┃
    頼重
    ┃
    時継
    ┣━━━┳━━━┓
    信嗣  継宗  頼継
    ┃
    直頼
    ┃
    信有
    ┃
    有継
    ┣━━━┓
    信満  頼満
    ┃   ┣━━━┓
    政満  継満  頼長
    ┃
    頼満
    ┣━━━━━━━┓
    頼隆      満隣
    ┣━━━┓   ┣━━━┓
    頼重  頼高  頼忠  頼豊
   ┣━━━┓ ┃
  梅 ? 長岌 ┃
   ┃ ┃
 勝頼 ┃
        ┏━━━╋━━━┳━━━┓
        頼水  頼定  頼雄  頼広(大祝家)
    ┏━━━┻━━━━━━━┓
    忠恒          頼郷
    ┣━━━┳━━━┓   ┃
    忠晴  頼蔭  頼久  頼常
    ┃           ┃
    忠虎          頼篤
    ┠───┐         ┃
    忠尋  忠林      忠林
        ┃
        忠厚
        ┃
        忠粛
        ┃
        忠恕
    ┏━━━┫
    忠誠  頼威
    ?   ┃
    忠礼  忠礼

2009年01月21日

太極拳(たいきょくけん)

太極拳(たいきょくけん)は中国の長い歴史の中から生まれた中国武術の一つ。緩やかで流れるようにゆったりとした動きが特徴であり、健康、長寿にも良いとされ、中国などでは朝の公園などで集まって練習している姿も見られる。武術が持つ一般的な激しいイメージとは対照的に、コントロールされたゆっくりとした動きを多く含む。 日本国内でも、太極拳の愛好者は年々増えつつあり、自治体単位で太極拳を推進しているところもある。例えば、福島県喜多方市では、「太極拳の街」宣言を行っており、市民単位で、毎朝、太極拳の練習が行われたり、市役所内においても、昼休みに市長を先頭に太極拳の練習が行われるなど、積極的な取組みがなされている。

東洋哲学の重要概念である「太極」思想を取り入れた護身術および健康法。「太極」は「易経」から発し、宋代に発展した思想。「太極」とは、宇宙の原始は陰陽未分化で混沌とした状態。形成万物(宇宙)の根源。太極拳のトレードマークになっている「太極図」は宇宙の運行を示す。

独特の、ゆったりとした動作から、実用的な武術ではなく健康体操と捉えられる場合が多い。また、気の抜けた緩慢な演武を行う者が多く、誤解を招きやすい。本来は緩やかな動きの中にも、緩急や緊張(張り)を内包する、重厚な風格をもつ。古い歴史と高い実用性、高度な技術を備えた武術である。太極拳では、全身の力を最大限に使うために姿勢に厳しい。姿勢・気の運用を学ぶ事で、発勁を習得する。尚、修練時は正しい姿勢を得る為に、特にゆっくりと行うのだが、これがわからない場合は奇妙な踊りとなる。

健康法として有名。日本で広く一般的に教えられている太極拳は、簡化二十四式太極拳と呼ばれ、複雑で難度の高い伝統的な太極拳を一般に広く普及させるために中国体育委員会が制定したもの。楊式太極拳をベースに重複する動作を省いて、覚えやすく、短時間で演武できるように纏められている。その意味では、普通に見かける太極拳は明らかに健康体操そのものである。

起源

伝説的起源
その昔、張三豊という人が少林寺で武術を修めた後に武当山に入って修行をし、道教の陰陽五行説の思想や吐納法という呼吸法を取り入れて編み出したものが太極拳であるとの説話がある。張三豊は中国の他の伝説にも現れる不老長寿の仙人の名前であり、武術との関連は明らかではなく伝説の域を出ない説である。

歴史的起源
実際の起源については現在も議論があるが、武術史研究家唐豪以来の通説は、河南省温県陳家溝という村の陳一族に家伝として伝えられていた武術が起源であるとする。その創始者については諸説あり、明代末・清代初に当時武人として活躍した陳王廷がつくったとも言われる。しかし、陳家溝に残る史料からは他にさまざまな武術が流入していた可能性がうかがえ、むしろそうした研鑽の蓄積としてできあがったと考えるのが妥当であろう。陳氏の武術は一族を守る武術として発展し、それ故に門外不出とされていたが、清代末に河北省永年県広府鎮の楊露禅がこの拳法を会得して、北平(北京)に出向き広めた。拳理(武術理論)として王宗岳の『太極拳論』が重視されたため、そこから「太極拳」という名称が用いられるようになったとの説がある。

なお、陳家以外に広く認められた主な伝承は以下の通り。
陳長興(陳式)→楊露禪(楊式小架)→……→楊澄甫(現代楊式)
陳青萍(趙堡)→武禹襄(武式)→……→郝為真(武式)→孫祿堂(孫式)
楊露禅→楊班侯→呉全佑(呉式初代)
呉全佑→呉鑑泉(呉家派)
呉全佑→王茂齋(呉式北派)
1865年-1872年頃、清朝同治帝の帝師翁同龢が楊露禅の演武を見て「太極拳」という名を付けたとする説もある。

種類

伝統拳
武術として継承されてきた伝統的な太極拳は、後述の制定拳に対して「伝統拳」と呼ばれる。伝統拳はその伝承系統や各伝人によって内容にさまざまな違いがあるが、「伝統五派」という五つの系統に分類するのが普通である。伝統五派は、それぞれ創始者あるいは代表的な継承者の姓をとって、陳、楊、呉、武、孫の名を冠する。かつては「陳氏太極拳」「楊家太極拳」のような名称が多く用いられていたが、第2次世界大戦後は中国をはじめとして「陳式太極拳」のように「?式」と呼称するのが一般的である(中華民国では現在も「?氏」と呼称するのが一般的である)。近年、従来は陳式の一派(趙堡架式)とされていたものが、和式太極拳として認定された。各流派に分かれているが、共通の基本功として「十三勢」があり、基本功が習得された後、「套路」、「推手」、「散手」と進むのが一般的である。また、十三勢の中に流派ごとにさらに細かい「太極拳の技法」がある。
ポップ ルーペ チョーカー シスコ ヤマブキ スカル タイタ イタドリ スター リーザー ケプラー プリンス バトントワラ ビーエス ドリー おおばこ 夢の跡 朧月夜 キック セルフタ 金時 モナーキー シクリカル ショック アウフへ ペンター 旅の夜風 マンド サンチュ ナンバ ショタコ ハンド レイン 都の桜 ハマソウ メッセ ノリウツ しゅひょう ニューメ パンチ ゲーマー ムハンマド ニエオ プレー ビキサン タント ヒッポグ タキシ 秋霖 トラスト

また、伝統拳はそれぞれの門派において剣、刀、杆、槍などの器械(武器)を用いた套路を伝承しており、門派毎に伝承内容は異なる。中国武術において器械は手の延長と見なされ、徒手の応用であると同時に、一種の練功法として行われている。太極拳においても、太極剣、太極刀など(器械套路)と太極拳(徒手套路)は同一原理に基づくものであり、器械を練習することによって太極拳の理解がより深まり、武功の成長が促されると考えられている。例えば、剣尖まで勁を伝えるように剣を練習をすることで、全身を協調させて運勁し、発勁するための有効な練習となる。また、剣には刃がついているため、徒手より動作に意識が集中しやすく、気功的あるいは武術的鍛錬として高い効果が期待できる。